カール・ヴァルザーの絵画を語るローベルト・ヴァルザー

発表者
若林恵
日時:
2021年9月25日
場所:
オンライン

発表要旨:

 ローベルト・ヴァルザー(Robert Walser, 1878-1956)にとって幼少期から最も近い存在であった兄カール・ヴァルザー(Karl Walser, 1877-1943)は、20世紀初頭ベルリンで活躍した舞台美術家であり、ベルリンで作家となるべく足掛かりを得ようとするローベルトを支えると同時に、ベルリン分離派のメンバーとしてローベルトの芸術体験に大きな影響を与えた。

 

 結局ローベルトは小説家としては挫折し、大都市ベルリンからスイスの小さな街の小部屋に移り住んで小散文の世界に向かったが、他方カールは舞台美術の他に壁画など大規模な仕事も手がけ、両者の立場や仕事は対照性を示している。カールにとって社会的地位が何の疑いもなく芸術家の「成長の証」であったのに対し、ローベルトにとってそれは「家畜化」「欺瞞」を意味していた。

 

 しかし»Auf dem Balkon« (um1900) »Aussicht auf die Alpen« (1899)などカールの初期の絵画作品には、表面上の牧歌的な無邪気さの奥に垣間見える暗い影、「添え物」の不自然な拡大、構成の脱中心化、周縁の重視など、ローベルトの文学との類似点も指摘されている。

 

 さらにカールのその他の絵画に関するローベルトのテクストにおいても、言われなければ存在に気づかないほど小さく描かれたものへの着目や言及が目立つとともに、片隅や周縁の人物の夢想や人生が絵画の文脈とは無関係に自由に展開し、それはその他の画家たちの絵画に関するテクストにおいても同様である。ローベルト・ヴァルザーの言葉は絵画に描かれたものを絵画から解放して飛翔させ、絵画の文脈を超えて新しい物語を展開する。