クリスティアン・クラハト『帝国』における「ロマン主義者」について

発表者
高田梓
日時:
2021年12月19日
場所:
オンライン

発表要旨:

 スイス出身のドイツ語作家クリスティアン・クラハトによる4作目の小説『帝国』は、20世紀初頭のドイツ領太平洋植民地ニューギニアを舞台に、実在の人物アウグスト・エンゲルハルト(1875-1919)の生涯を描いた歴史小説である。史実と虚構を織り交ぜながら、小説は主人公エンゲルハルトを、後の第三帝国の指導者ヒトラーを暗示させて描き出す。本発表では、この両人物を結びつけ、小説の語り手が繰り返し述べる「ロマン主義者」という言葉に着目し、エンゲルハルトとヒトラーをパラレルに描く本作品の意図を読み解いた。
 「ロマン主義とナチズム」という数多くの議論のなかでも、本発表ではナチズムの源流を帝国ドイツ時代の世界政策に見る1960年代のフィッシャー論争に着目し、この小説が19世紀末から20世紀半ばまでの二つの帝国の勃興と消失というドイツ史を批判的に描き出していることを見る。そして椰子の実への信仰や菜食主義の理想を掲げて、太平洋植民地に渡ったエンゲルハルトが次第に反ユダヤ主義や人肉主義に駆り立てられる様子を辿り、一つの理想に向かいながらも、反対の帰結に辿り着くロマン主義者の皮肉的運命を捉えた。