発表者:
新本史斉
日時:
2025/03/10
場所:
オンライン
発表要旨:
本発表では、川島隆の新著『ハイジの生みの親ヨハンナ・シュピーリ』(青弓社、2024年)第5章「女性の大学教育と職業―『ジーナ』」で論じられている小説『ジーナ』(Sina. Eine Erzählung für junge Mädchen. 1886年) をとりあげて、一方で川島氏による丁寧な背景説明と説得力のある作品読解を参照しつつ、他方で2024年に放映された連続テレビ小説『虎に翼』と対比させつつ、『ハイジ』の作者シュピーリによる女子高等教育黎明期の描き方の特徴について論じた。
1860年代から始まるスイスでの女子高等教育の展開においては、チューリヒ大学での女性博士号取得第一号となったナデシュダ・ススローヴァ(1843-1918)を筆頭に、ロシアから大量に押し寄せた女子留学生が大きな役割を果たした。しかしシュピーリの小説『ジーナ』では、外国人女子留学生には書割的もしくは対比的な役割が与えられるにすぎず、主人公であるスイス人女子学生が志半ばにして学業を断念し、医師ではなく医師の妻になることがハッピーエンドとして描かれる。いわば内助の功に専念することこそが女性の自己実現の形とされるのである。とはいえ、川島氏が的確に指摘するように、保守的かつ教訓的であろうとする小説『ジーナ』の叙述のうちには、作家の意図を裏切り「読者を誤読に誘う」主人公ジーナの挑発的なまでに新しい声が「不協和音」となって響いてもいる。シュピーリがどのようにハイジに「翼」をつけようとしたのかは、ハイジの仏語訳者による恣意的な続編(『若き娘ハイジ』、『ハイジと子どもたち』)ではなく、女性の社会進出を戒めるかに見えるシュピリ自身のテクストを丁寧に読み解くことを通じて、はじめて明らかとなるのである。