発表者:
若林恵
日時:
2025/03/10
場所:
オンライン
発表要旨:
Robert Walser(1878-1956)のBiel時代 (1913-21) は第一次世界大戦と重なっている。ドイツ文化圏の一部であったドイツ語圏スイスは、政治的にはドイツ帝国と距離を置いていたが、この時代、Walserはどのような背景のもとで創作活動を行っていたのか。本発表では、当時の文芸批評や出版社の動向を探ることで、一見牧歌的な表現が目立つWalserのBiel時代の創作背景を明らかにした。
文芸評論家WidmannはWalserにケラー的な「スイス小説」を求め、HesseやKorrodiはWalserを含む若い作家たちを、新たな「もうひとつのスイス文学」として、従来の郷土文学に対置した。Korrodiはまた、スイス文学がドイツで評価されるために「スイス性」を維持する必要性を強調した。Walserの著作を刊行したスイスのHuber出版もまた、ドイツ市場との関係を維持しつつ独自の「スイス性」を求め、Rascher出版はスイス国内での刊行によって「スイス詩文芸の居場所」としての役割を果たし、スイス文学の立場を強化しようとした。すなわち、第一次世界大戦期、ドイツ語圏スイス文学はドイツ文化圏の一部としての立場を確保するために独自の「スイス性」の構築に努めるという矛盾の中にあったが、Walserもこの文脈に組み込まれた。