イルマ・ラクーザにおける “langsam“ の概念について

発表者
新本 史斉
日時:
2017年1月21日
場所:
明治大学御茶ノ水校舎研究棟第6会議室

発表要旨:

現代ヨーロッパ文学を代表する作家イルマ・ラクーザ(Ilma Rakusa 1946 - )の作品を読み解くためのキーワードの一つは、「ゆっくりと」「ゆるやかに」を意味する語、”langsam”である。スロヴェニア人の父とハンガリー人の母の間に生まれ、ブダペスト、リュブリャナ、トリエステ、チューリヒ、パリ、サンクトベテルブルクとヨーロッパ諸都市を移動しつつ自己形成し、ロシア、フランス、ハンガリー、セルビア・クロアチア語文学からの翻訳者としても知られるラクーザは、まさにコスモポリタンと呼ぶにふさわしい越境的な書き手である。しかし、かくも脱領域的な彼女の知的営為の根底に一貫してみることができるのは、ほかならぬ<いま、ここ>を十全に肯定しようとする態度である。ラクーザの「世界文学」は<世界そのもの>と出会うことから生まれる。そして、<世界そのもの>に出会うためには この加速化してゆく世界にありながら −「ゆっくりと」「ゆるやかに」歩き、眠り、年老いてゆくことができなければならないのである。本発表では2005年のエッセイ集Langsamer!(邦訳『ラングザマー 世界文学をめぐる旅』山口裕之訳、共和国、2016年)および詩集Impressum.: Langsames Licht 2016年刊、未邦訳)のテクストに即しつつ、そのつどの「固有時」を受けとめ、表現にもたらすイルマ・ラクーザの方法論を論じた。