G.ケラーの「ハートラウプ」(『チューリヒ短編集』)で描かれる「マネッセ写本」の成立

発表者
田村久男
日時:
2017年6月10日
場所:
明治大学御茶ノ水校舎研究棟第6会議室

発表要旨:

中世ミンネザングの集大成である「マネッセ写本」(ハイデルベルク大歌謡写本、1300年頃に成立)は、歌謡収集に熱心だったチューリヒの騎士マネッセの委託により、ヨハネス・ハートラウプが中心になって作成されたと推定されている。ケラーの短編『ハートラウプ』は、実在のミンネゼンガー、ハートラウプを主人公に、写本が作られたいきさつを歴史小説の形で描く。ハートラウプについては残された記録は極めて乏しく、生没年さえも不明であり、ケラーは作品の執筆にあたってはJ. J. ボードマーら当時の学者たちの学説に、写本に 収められたハートラウプ自身の詩のエピソードをパズルのように組み合わせて、全体はフィクションでありながらも、「史料」にできるだけ忠実に、矛盾のない形で自分のハートラウプ像を提示しようとした。同時にこの作品には、貴族社会から市民社会への移行という時代の変化が描かれており、主人公の姿には、チューリヒ州の筆頭書記官を長年にわたって勤めた作者自身が投影されている。