ルクセンブルクにおける文学の言語
                               -多言語国家スイスとの比較から-

発表者
木戸沙織
日時:
2017年6月10日
場所:
明治大学御茶ノ水校舎研究棟第6会議室

発表要旨:

ルクセンブルクは、ルクセンブルク語、フランス語、ドイツ語を公用語とする多言語国家である。本発表では、文学作品に用いられている言語に着目し、スイスの多言語性と比較しながら、ルクセンブルクの言語状況とルクセンブルク語文学の現状について考察した。
スイスでは、国内で出版された書籍の内、ドイツ語で書かれたものが約6割、フランス語が約2割、イタリア語とレトロマン語がごくわずかとなっており、これは各言語の話者数の比率と概ね一致する。一方ルクセンブルクでは、フランス語で書かれたものが4割強、ドイツ語が4割弱、ルクセンブルク語が約1割となっているが、これは必ずしも話者数を反映したものではない。元来ルクセンブルクでは地域の別なく三言語が用いられ、各言語の話者数は同数であるとされてきた。しかし実際には、人口の約46%を外国人が占め、彼らの言語能力がルクセンブルクの言語状況に大きな影響を及ぼしている。すなわち、三言語のうち、フランス語がルクセンブルク人と外国人の唯一の媒介言語であり、ルクセンブルク語、ドイツ語はともに限られた場面でしか用いられない。とりわけルクセンブルク語は、世界的な話者数の少なさや社会的重要度の低さから教育課程で十分な学習時間が確保されておらず、話しことばとしての使用にとどまっている。その点、ドイツ語は識字言語として位置づけられており、社会における使用頻度に比べ書籍で用いられる頻度は高くなる。
現在、ルクセンブルク語による文学作品はいくつかの特定のジャンルに限られている。子供向けの絵本はルクセンブルク語を用いるのに最も適したジャンルであり、ルクセンブルク人の子供にとっては母語の獲得、外国人の子供にとってはルクセンブルク社会への統合という役割を担っている。また、愛校心や郷土愛の表れとして、学校の記念誌や、地域クラブ、自治体のパンフレットなどにルクセンブルク語を用いるケースも少なくない。ルクセンブルク語学習者向けの辞書や文法の解説書は様々なものが出版されているが、多くの場合ドイツ語やフランス語などと対照する形になっている。数は少ないが小説や教材用の読み物なども書かれており、世界的な有名作品の翻訳もいくつかある。こういった試みは、書きことばとしてのルクセンブルク語の拡充を意図している。