発表者:
新本 史斉
日時:
2024/03/28
場所:
明治大学(駿河台)アカデミーコモン309J
発表要旨;
ミハイル・シーシキンは、2001年にロシア語で執筆し、2003年にドイツ語訳が出版されたDie russische Schweiz – Ein literarisch-historischer Reiseführer(『ロシア人のスイス––文学・歴史旅行ガイド』[未邦訳])において、ロシア知識人がどのようにスイスを見てきたかを、スイス各都市に焦点を当てつつ魅力的に描出している。しかし本書はたんなる教養歴史観光ガイドブックにとどまるものではない。みずからスイスに移住したシーシキンが、いかなる文学的・歴史的交通の延長上で、また数世紀来の表象と言説の堆積上で、自分がものを感じ、考え、書いていくのかを反省している、自己省察の書として読みうるテクストである。
一方、2019年[2022年増補]にフリッツ・プライトゲンとともに刊行したドイツ語によるロシア論Frieden oder Krieg: Russland und der Westen – Eine Annäherung(『平和か戦争か––ロシアと西側、一つのアプローチ』[未邦訳])において、シーシキンは13世紀から21世紀に至るまでの(ソビエトをも含めた)ロシアを、愛憎こめつつ批判的眼差しで論じている。ロシアとウクライナの両国にまたがる父母の出自、ソビエト時代の個人的経験に触れつつ書かれたこの書物もまた、近現代ロシア論であるにとどまらず、ロシアから西欧そして西欧からロシアへの両方向のまなざしを内包しつつ、スイスで執筆を続ける自分自身を個人的かつ歴史的に反省するためのテクストとなっている。
本発表では、この両書を手がかりに、いまだ日本ではロシア現代作家としてしか読まれていないミハイル・シーシキンの越境性を読み解く。