「若さを書く——ニコラ・ブーヴィエの旅行記について」

発表者:篠原学

日時:2025年1月11日

場所:明治大学駿河台キャンパス

発表要旨:

 ジュネーヴ出身の旅行作家ニコラ・ブーヴィエ(1929-1998)の文章には、いく通りかの若さが刻まれている。それは、彼が書くことの題材とした旅が、やはりいく通りかの若さをめぐっていた、ということでもある。本発表では、ブーヴィエにおいて書くことと旅することをつないでいる若さについて、その諸相を明らかにした。
 ケルアックの『オン・ザ・ロード』に代表される1950年代の旅を扱ったテクストは、しばしば若さの称賛という性格をもっている。1955年のセイロン島での滞在にもとづくブーヴィエの『かさご』(1982年)において、旅することが若返りの経験として描かれていることには、そうした時代の息吹が感じられる。サルトルの『嘔吐』と比較するとそれがはっきりするのだが、『嘔吐』が示唆的なのは、若返りの感覚によって主人公が小説を書くことを決意する点にある。ブーヴィエの場合、旅路での若返りは、どのようにして彼を書くことへと向かわせたのか? このように問うことからはじめて、作家のエッセイも紐解きつつ、ブーヴィエにとって書くことは二度目の旅のようなものであり、旅をして無駄な肉を削ぎ落とすように、精神を身軽にする営みにほかならないことを示した。
 この軽さへの着目は、ブーヴィエと同い年の作家ミラン・クンデラへと彼を接近させる。だが、ブーヴィエの軽さが若さに結びつくのに対して、クンデラの軽さはどちらかと言えば老いに結ばれている。この対照が、二人の作家のヨーロッパ観にも見られること、すなわち、ブーヴィエにおいては若いヨーロッパが、クンデラにおいては年老いたヨーロッパが語られることを最後に示した。