『ハイジ』映画の100年  ――実写映画化に見るスイス像の変遷――

発表者
川島隆
日時:
2017年9月6日
場所:
明治大学駿河台キャンパス研究棟第5会議室

発表要旨:

 

 スイスのプロテスタント作家ヨハンナ・シュピーリの小説『ハイジ』(1880/1881)は、出版からまもなく複数の言語に翻訳されることにより、世界的に児童文学の古典としての地位を確立した。特に19世紀末から20世紀初頭にかけて、英訳が多数出版され、『ハイジ』が映像化される前提を作ったと言える。

 フレデリック・トムソン監督の無声映画『ハイジ』(1920)や、アラン・ドワン監督のミュージカル映画『ハイジ』(1937)が、初期の『ハイジ』映画である。特にドワン作品は、原作のストーリーを大胆に書き換えて娯楽要素を強め、天才子役シャーリー・テンプルを主役に迎えて大ヒットしたが、そこでは「異国」(カトリック圏)としてのスイス像が強調され、背景の山はハリボテで表現された。

 この「ハリウッド化」されたスイス像に対し、1950年代のスイスで製作された一連の『ハイジ』映画は、1930年代以来の「精神的国土防衛」の延長線上で、スイス人のナショナル・アイデンティティーの形成に寄与しようとしたものである。現地ロケによって美しいスイスの山々とそこで平和に暮らす人々を牧歌的に表現し、肯定的なスイス・イメージを国内外に向けて発信した。ただし、シュピーリの原作への忠実さは、あまり志向されなかった。

 その後、1950年代~2000年ごろまでに英米やドイツ、スイスで数多くのTV向け作品が製作された。その中には舞台を現代に移すことで「ハイジ」の世界を視聴者にとって身近なものにしようとしたものも散見される。

 それに対して2000年以降の劇場映画では、リアリズムや原作への忠実さを打ち出す傾向が支配的になる。ポール・マーカス監督のイギリス映画『ハイジ』(2005)では、アルムおじさん(祖父)やロッテンマイヤー嬢など登場人物の心理描写に力を入れ、19世紀の山間部の村落の生活の過酷さをリアルに表現した。またアラン・グスポーナー監督のスイス映画『ハイジ』(2015)は、1950年代の映画と同様にスイス・ロケによってスイスの山々をきわめて美しく描き出す一方、主人公ハイジの外見からストーリー展開、個々のモチーフに至るまで、原作への忠実さを強く志向している。